日本最古の戎社と云われる『石津太神社・石津神社』
石津太神社は大阪府堺市西区にある神社で、同市堺区石津町に
ある石津神社とともに式内小社『和泉国大島郡石津太神社』
の論社で、両社とも八重事代主神降臨の地として
『日本最古の戎社』を称しています。
元々はどちらかが本社で、どちらかが御旅所か
分社であったと考えられています。
石 津 太 神 社
石津太神社の伝承によればこの地は元は浜辺であり、
伊弉諾神・伊弉冉神によって流された蛭子神が
此の地に漂着し、携えてきた五色の神石を
置いたと言われています。
五色の石を置いた場所を『石津』といい、鳥居前の交差点に
『五色の石』を地下に埋めたと伝えられています。
寛政8年(1696)に刊行された和泉名所図会に
記されている石津太神社です。
孝昭天皇7年(BC469)勅命により蛭子神を祀る社殿を造営し、
八重事代主神・天津穂日神を合祀したと記し、平安朝
以後朝廷の崇敬を受け、幾度の御幸の記録が
残されています。
明治初期の石津太神社の拝殿です。
創建以来幾度か社殿は火災で焼失を繰り返したのですが、
江戸時代初期に再建された現在の社殿は本殿が二殿
あり、蛭子神・八重事代主神・天津穂日神を祀る
北殿は一間社流造、建御名方富神・天照大神
を祀る南殿は一間春日造と云われています。
(画像は借り物です)
宝暦年間(1751~1764)に造営された両殿に共有する
割拝殿は入母屋造になっています。
参拝に伺ったときは割拝殿の改修工事中で、素屋根に工事用
シートが掛けられた状態の拝観が出来ませんでした。
境内でポケモンGOをしていた高校生に石津神社の所在地を尋ね、
石津神社に参拝に伺うことにしました。
石 津 神 社
石津太神社から東に歩くこと20分で国道26号の
石津神社前交差点にやってきました。
歩道橋の向こうに石津神社があります。
寛政8年(1696)刊行の和泉名所図会に記された石津神社です。
社伝によれば、八重事代主神が五色の石を携えて此の地に
降臨したと記し、孝昭天皇7年に勅願により創建され、
垂仁天皇(紀元前)時代に、天穂日神の子孫である
野見宿禰を神主としたと伝えられています。
石津神社前の交差点を渡り石津神社にやって来ました。
明治初期の石津神社風景です。
現在の石津神社です。
八重事代主神が携えた『五色の石』は社殿前に埋められており、
天変地異のあるときには地面から出て浮き上がると
言い伝えられています。
境内社に野見宿禰を祀る宿禰神社と菅原道真を
祀る天満宮があります。
この足元に『五色の石』が埋められているそうです。
石津神社の参拝を終え、阪堺電車の石津停留所に
向かっているのですが、あまりの暑さに
石津川沿いの公園で一休みです。
処暑が過ぎても未だ猛暑が続いています。
誰か何とかしてぇ~な この暑さ ![]()





