Quantcast
Channel: 浪花のおじさんぽ (^^♪
Viewing all articles
Browse latest Browse all 713

産湯稲荷と味原池

$
0
0


現在の大阪市天王寺区小橋町一帯は、旧木野村・小橋村と
呼ばれていて、村には共用の用水味原池が在りました。

味原池の周囲は桃畑が多くあり、桃山とも呼ばれていました。

イメージ 1

寛政8年(1796)に刊行された摂津名所図会には、「味原池
小橋村の西に在り 一名比賣許會神の御影池という
土人ため池と呼ぶ」と記しています。

また摂津名所大成には「またの名を白鴨御池 
味原の池ともいう」と記しています。

(画像は早稲田大学図書館からの借り物です)

イメージ 2

幕末期に描かれた浪花百景石和板産湯味原(画・雪芳)です。

明治30年(1897)代頃までは味原池周辺は、大阪屈指の
大桃林が在り、弥生の花盛りは遊覧客で
賑ったと伝わっています。

(画像は大阪市立中之島図書館からの借り物です)

イメージ 3

先日の鎌八幡前の餌差町交差点を南に下り
千日前通の小橋町交差点に向かいます。

イメージ 4

千日前通の小橋町交差点を東(左)に向かいます。

イメージ 5

天王寺小橋町郵便局を北に少し入ると左側に
産湯稲荷神社があります。

産湯神社の創建は不祥なのですが、比売許曾神社の
旧境内地に在り、大小橋命の産湯井戸近くに在って
産湯稲荷と呼ばれていたようです。

イメージ 6

祭神の大小橋命は天児屋根命の十三世の後胤で、味原郷に
誕生し境内地の玉之井を汲んで産湯に用いたことから、
此の地が「産湯」と呼ばれるようになりました。

イメージ 7

本殿の北側に位置する玉之井「産湯の清水」です。

産湯の清水は「千早振 神代のままに 濁りなき
高津のしみづ くむも涼しき」と歌にも詠まれた
名水だったのですが、水質の悪化と水位の
低下で平成8年(1996)に改修を行った
のですが、飲用不可のようです。

イメージ 8

玉之井の奥(西側)に設けられた祠に
安置されている不動明王像です。

神仏習合の名残なんでしょうかねぇ。

イメージ 9

正面に向かって坂が続き、産湯稲荷神社から先が
味原池の跡地で一気に低くなっています。

ビル群林立し味原池の面影は無くなっています。

イメージ 10

産湯神社の西側は上町台地の丘陵になってをり、
この付近に桃畑が沢山あったようです❔。

現在は桃の木一本見当たりません


イメージ 11


上町台地も明治の中頃までは緑豊かな
所やったんですねぇ。

イメージ 12


続いて千日前通を西に向かい、

近鉄上本町駅に向かうのですが・・・


いまだ写真の整理が出来ていません。



イメージ 13



一寸お暇を・・・・




Viewing all articles
Browse latest Browse all 713

Latest Images

Trending Articles



Latest Images